絶対になくならない病院のシンプルな条件―HITO病院、飛躍の原動力(3)



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 社会医療法人石川記念会HITO病院(愛媛県四国中央市、257床)の石川賀代院長への連載インタビュー。最終回は、激変の時代の中でも絶対になくならない病院の条件を探ります。石川院長は、「自分の病院」という意識を明確に持ち続けられる「おせっかいな人」の存在に注目しています(聞き手は、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン代表取締役社長の渡辺幸子)。

渡辺:前回は鎌田潔本部長が異業種から持ち込んだ経営手法などについてお聞きしました。逆にご苦労されているところはどういうところでしょうか。

石川氏:やはり、まだ新しい組織なので、すべてのスタッフが立ち返る「基本」をどう構築していくかというところに苦労しているように思います。マニュアルは存在するのですが、旧病院から引き継いだものと、アップデートされたものが混在していたり、今までの経験値でやっているような仕事があったりします。

石川賀代(いしかわ・かよ)氏:1992年東京女子医科大学卒、同大学病院入局。99年から大阪大学でウイルス研究に従事。2000年医学博士取得。02年医療法人綮愛会石川病院(現社会医療法人石川記念会HITO病院)入職。2005年副院長、2010年から現職。2013年HITO病院開設。2013年愛媛大学臨床教授。日本肝臓学会専門医。日本内科学会総合内科専門医。日本消化器内視鏡学会専門医。日本人間ドック学会指導医。日本消化器病学会指導医。地域包括ケア病棟協会幹事。全日本病院協会広報委員会委員。日本医療マネジメント学会評議員。
石川賀代(いしかわ・かよ)氏:1992年東京女子医科大学卒、同大学病院入局。99年から大阪大学でウイルス研究に従事。2000年医学博士取得。02年医療法人綮愛会石川病院(現社会医療法人石川記念会HITO病院)入職。2005年副院長、2010年から現職。2013年HITO病院開設。2013年愛媛大学臨床教授。日本肝臓学会専門医。日本内科学会総合内科専門医。日本消化器内視鏡学会専門医。日本人間ドック学会指導医。日本消化器病学会指導医。地域包括ケア病棟協会幹事。全日本病院協会広報委員会委員。日本医療マネジメント学会評議員。

鎌田氏:当院は、この数年間で非常に大きな飛躍を遂げてきました。ですから、当然のことながら組織の拡大の後にガバナンスとコンプライアンスを整理し、整備する作業が必要になってきます。そこに深みと厚みを持たせることも、私の大切な仕事だと思っています。

鎌田潔(かまた・きよし)氏:1977年慶應義塾大学卒。1979年ポールスミス大学卒(ニューヨーク州)、同年吉祥入社、90年西洋コンチネンタルホテルズ、92年東京シティクラブ、97年森ビル、2001年ヒルズクラブ、05年ひらまつを経て、15年からHITO病院本部長。
鎌田潔(かまた・きよし)氏:1977年慶應義塾大学卒。1979年ポールスミス大学卒(ニューヨーク州)、同年吉祥入社、90年西洋コンチネンタルホテルズ、92年東京シティクラブ、97年森ビル、2001年ヒルズクラブ、05年ひらまつを経て、15年からHITO病院本部長。

石川氏:特に、職種間の溝を埋める作業ですね。病院という組織は縦割りの部署でそれぞれ一生懸命に仕事をしてくれていますが、それだと効率が悪いことも多い。情報共有をしたり、じっくりと相談し合ったりすることで推進力が増すこともあるのですが、どうしても縦割りはなくならない。その文化の払拭や、縦割りの組織の長の意識をどう変化させていくかであったり、管理職の主任レベルにも「自分の病院」という意識をしっかり持ってもらったりなど、そういうところのレベルアップを期待しています。私は現場第一主義なのですが、彼も毎日しっかりと現場をラウンドして、苦労しながらも「溝」を埋める「おせっかいな人」として、地道に信頼を重ねていってくれています。

 私は病院にもっとおせっかいな人を増やさないといけないと思っています。元気がないと気になる同僚がいたら一声かける、小さなゴミでも落ちていたらすぐに拾うなど、自分たちの病院をもっともっと大切にしようとする精神をスタッフ全員が持つことで、それが病院をより良い病院にしていく原動力になっていき、最終的にそういう病院は絶対になくならないと思うのです。

渡辺:「地域包括ケアシステム」に対するお考えをお聞かせいただけますか。石川ヘルスケアグループ全体を見ますと、国が考える先をかなり読んで体制も整えてきた印象を受けます(詳細はこちら)。

石川氏:多分それは、父の先見の明もあったと思います。特に、特別養護老人ホームなど介護保険が適用される施設などは、今作りたいと思っても、もう無理です。今になってそういう資源を先代がたくさん残してくれたことに対して非常に感謝しています。

渡辺:地域包括ケアシステムで今後の目指すべき姿というところはありますか。

石川氏:どの年代の人も、その人らしく年を重ね、地域で自分らしく暮らしていける仕組みが目指すべき姿ですよね。ただ、それは当然、病院だけでできるものではありません。行政や住民の意識も非常に重要です。特に、患者さんや住民の意識は重要だと思います。

 日本は、与えられる医療に慣れ過ぎてしまっています。ですから、自分たちがどういう最期を迎えたいかとか、どういう医療を受けたいかとか、そういうことを話し合える環境や機会を作っていかないと、これから高齢者が増える中で、本当に多死社会になったときに対応できないのではないかと考えています。社会参加できる場所だったり、年を取っても働ける職場だったり、そういう多様な場所やコミュニティを地域が中心になっていくことが必要でしょう。

渡辺:どうしたら意識が変わっていくと思いますか。

石川氏:一つ思っていることは、今の高齢者の方と違って、団塊の世代の方々はいい意味でわがままだと思うのです。割と多くの方々がパソコンやスマートフォンを使いこなし、情報収集もされているので、今後、自分がどうしたいかなどの自己主張も明確にされるのではないかと。団塊の世代はこれまでの日本を引っ張ってきた世代ですよね。2025年問題とネガティブに捉えられることも多いですが、団塊の世代の方々たちの意識が、すごく大きな意識変革のきっかけになるかもしれないと、密かに期待はしています。

渡辺:最後に国や行政への期待やご意見があればお願いします。

石川氏:民間をうまく活用していただきたいです。もちろん、積極的に活用されている自治体などもありますが、温度差もあると感じているのは事実です。担当者が何年かで異動になってしまうので、腹を割ってじっくりと政策について語り合うことが難しいという現実もありますが、病院は地方の非常に大きなインフラだと思いますので、積極的にもっと民間活用を検討していただきたいと思っています。

渡辺:本日はどうもありがとうございました。

左から鎌田本部長、石川院長、渡辺
左から鎌田本部長、石川院長、渡辺

連載◆HITO病院、飛躍の原動力
(1)目指すは診療報酬に振り回されない経営
(2)異業種に負けない顧客視点、経営感覚を
(3)絶対になくならない病院のシンプルな条件

取材を担当したインタビュアー 渡辺 幸子(わたなべ・さちこ)

watanabe 株式会社グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの代表取締役社長。
慶應義塾大学経済学部卒業。米国ミシガン大学で医療経営学、応用経済学の修士号を取得。帰国後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社コンサルティング事業部などを経て、2003年より米国グローバルヘルスコンサルティングのパートナーに就任。2004年3月、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン設立。これまで、全国800病院以上の経営指標となるデータの分析を行っている。著書に『患者思いの病院が、なぜつぶれるのか?』『日本医療クライシス「2025年問題」へのカウントダウンが始まった』(幻冬舎MC)など。



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