「一億総活躍社会」の実現こそ我々の使命、有賀・労災機構理事長に聞く(1)



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 2016年4月、労働者健康福祉機構と労働安全衛生総合研究所が統合され、「労働者健康安全機構」が発足しました。加えて、化学物質の有害性調査(日本バイオアッセイ研究センター事業)が統合法人の業務に追加されました。新体制発足と同時に理事長に就任した有賀徹氏に、今後の労災機構や急性期医療、医療界のあり方などについてお聞きしました。3回連載の初回は、今後の労災機構のあり方について。有賀理事長は、「一億総活躍社会」の実現こそが、労災機構の使命であると語りました(聞き手はGHC代表の渡辺幸子)。

労働者災害テーマの変化

渡辺:非常に大きな組織のトップにご就任されましたが、今後の抱負をお聞かせください。

有賀氏:安倍内閣が掲げる「一億総活躍社会」の実現に寄与することが、我々の存在意義であり、使命だと考えています。

有賀徹(あるが・とおる)氏:1976年東京大学医学部卒業。同大医学部脳神経外科学教室、日本医科大学附属病院救命救急センター、東大附属病院救急部などを経て、1984年公立昭和病院脳神経外科主任医長、1990年同院救急部長。1994年昭和大学医学部救急医学教授、昭和大学病院救命救急センター長兼副院長。2011年から昭和大学病院病院長を務め、2016年4月から労働者安全機構理事長。
有賀徹(あるが・とおる)氏:1976年東京大学医学部卒業。同大医学部脳神経外科学教室、日本医科大学附属病院救命救急センター、東大附属病院救急部などを経て、1984年公立昭和病院脳神経外科主任医長、1990年同院救急部長。1994年昭和大学医学部救急医学教授、昭和大学病院救命救急センター長兼副院長。2011年から昭和大学病院病院長を務め、2016年4月から労働者安全機構理事長。

 労災病院の基本理念は、働く人々の職業生活を医療の側面から支えるというものです。労働安全衛生総合研究所の前身である産業安全研究所が設立されたのは、富国強兵の時代だった1942年。当初は、安全な労働現場を実現するためにはどうすればいいのかという、医学というよりも工学の視点での研究がなされていました。そして当初、労災病院は経済発展を担ってきた炭坑のあるところに作られてきたという歴史があります。つまり、当機構は歴史的に見ると、経済や産業の発展を下支えする労働者の安全を守るという役割を担ってきました。

 しかし、現在の働く人々の職業生活は大きく移り変わりました。「労働者の安全を守る」ということは当時、炭坑の落盤事故などが大きなテーマだったかもしれませんが、今では病気になって職場で働くのが困難になり、離職する人も多いです。特に、がんなどでそういったケースを耳にすることは多いでしょう。5年生存率が向上している今、がん患者がいかに離職せずに働き続けることができるかという視点は非常に重要です。また、職場のストレスも大きな課題になっています。大企業では、職場の10人に1人がストレスで働けなくなっているという話もよく耳にします。さらに、糖尿病、脳卒中、心筋梗塞などの疾患を患った高齢者が、治療と仕事を両立させ、働き続けることができるようになるという視点も、国内の経済や産業の発展において、非常に重要なテーマになってきています。

 そういう意味においては、当機構の社会的な存在意義と、「一億総活躍社会」の理念はシンクロしているわけです。つまり、当機構の今後において重要なことは、「一億総活躍社会」にどう貢献していくのかということになると考えています。

求められる「医学的アプローチの先」

 例えば、がん患者に対する医学的なアプローチをすることは、今や労災病院にとってイロハの「イ」です。重要なことは、医学的なアプローチをした上で、かつその人が仕事を辞めずに済むためには、どういうアプローチをすべきかです。そのためには、ただ単に病を治すということにとどまらず、患者がどういう仕事をしているのか、心身にどれだけの負担を強いる仕事なのか、最低限その辺を知らないと、離職すべきか仕事を継続すべきか、何のアドバイスもできません。それらを把握し、適切なアプローチをすることは非常に難しい問題ですが、職場復帰までをサポートして、一億総活躍社会に寄与するという点を考慮すると、非常に重要な問題でもあるわけです。

 場合によっては、職場に出入りしている産業医との連携なども必要になるでしょう。また、特にがん患者は再発の恐れなどの不安も抱えており、そうした場合には心の問題までケアする必要があります。それらをすべて考慮すると、その全部を労災病院がやるのは難しいのですが、「働く人々の職業生活を医療の側面から支える」という理念の下、そのトップランナーであるべき労災病院が、「一億総活躍社会の実現に向けて医療の側面からこんなことができる」ということを示すのは、労災病院の使命であり、存在意義であると思っています。さらに、これを労災機構として全国的に展開することを考えると、より難易度は高まります。ただ、労災病院が日本国のためにある病院である以上、当機構に求められていることは、そういうことであると考えています。

 非常に高い理念なので、すべての労災病院が今すぐというのは現実的ではないかもしれませんが、こうした職場復帰までの好事例を少しでも労災病院が示せればと思っています。理事長としての抱負は何かと問われればそういうことです。これについては、仙台で開催される「第64回日本職業・災害医学会学術大会」の基調講演「労働者健康福祉機構と労働安全衛生総合研究所の合併」(10月22日)の中で、初めて公に向けて発表させていただく予定です。

やりたい医療から求められる医療へ

渡辺:学会講演前に本誌にてお話いただきありがとうございます。確かに、労災病院のほとんどは急性期病院というイメージがあります。ということは、こうしたイメージからの脱却、つまり機能分化や連携・統合も必要ということでしょうか。

有賀氏:すでにある話としては、燕労災病院と厚生連三条総合病院を再編対象病院として、新潟県央地域に地域救命救急センターを併設した基幹病院を整備することが決まっています。確かに、労災病院は急性期病院というイメージがあります。先ほどお話した通り、これまでは労働者災害に必要なものの多くは、急性期医療だったためです。しかし、メンタルケアなどの話も大きなテーマとなっている今、労災病院に求められているのは必ずしも急性期医療ではなく、もっと幅広い医療を提供していく必要があると考えています。

 地域で労災病院に急性期医療が求められているのであれば、それにしっかりと対応しなければいけませんし、ほかに急性期医療を担える病院があるのであれば、急性期後の在宅復帰や職場復帰を支援する立ち位置に労災病院がなることは、むしろ必要なことだと思っています。重要なことは、地域全体で見た際に求められている医療に対応することで、職場復帰までを視野に入れた医療水準の底上げにおいて、労災病院が地域ごとにどういう立ち位置を取るべきなのかということなのです。

 すでに、急性期を脱した患者の受け皿にもなり得る地域包括ケア病床を持つ労災病院も出てきています。また、一部の労災病院のリハビリテーションは非常にレベルが高い。これからの労災病院は、急性期一本のワンパターンではなく、一億総活躍社会にどう寄与していくべきかという視点で、他に急性期を任せられる病院が周囲にあれば思い切って任せるなどして、変わりゆく時代の医療ニーズにしっかりと経営者が耳を傾けて、やりたい医療から求められる医療へ転換することが必要だと考えています。

取材を終えた有賀理事長(左)と渡辺
取材を終えた有賀理事長(左)と渡辺

連載◆有賀・労災機構理事長に聞く
(1)「一億総活躍社会」の実現こそ我々の使命
(2)求むは「水平・垂直連携」「地域専門医」
(3)国境と医療界の限界越える「病院船」

取材を担当したインタビュアー 渡辺 幸子(わたなべ・さちこ)

watanabe 株式会社グローバルヘルスコンサルティング・ジャパンの代表取締役社長。
慶應義塾大学経済学部卒業。米国ミシガン大学で医療経営学、応用経済学の修士号を取得。帰国後、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社コンサルティング事業部などを経て、2003年より米国グローバルヘルスコンサルティングのパートナーに就任。2004年3月、グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン設立。これまで、全国800病院以上の経営指標となるデータの分析を行っている。著書に『患者思いの病院が、なぜつぶれるのか?』『日本医療クライシス「2025年問題」へのカウントダウンが始まった』(幻冬舎MC)など。
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