病院統合は「業務見直し」「医療のあるべき姿を考える」チャンスでもある―中東遠総合医療センター



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 市立病院同士の統合合併の先駆けとして2013年5月に開院した中東遠総合医療センター。診療面、経営面の双方で大きな成果を収め、先般、日経ビジネスの病院経営力ランキングでは、日本全国で22位にランクされている。

 統合を取り仕切り、現在、同医療センターで企業長兼院長として活躍されている名倉英一氏にポイントを聞いた。名倉氏は「病院統合では課題が多くあるが、業務見直しのチャンスでもある。『本来、医療とはどうあるべきか』を考えて業務を見直す必要がある」と強調している。

中東遠総合医療センターの名倉英一・企業長兼院長、合併の立役者として活躍し、同センターをわが国有数の優良病院に導いた
中東遠総合医療センターの名倉英一・企業長兼院長、合併の立役者として活躍し、同センターをわが国有数の優良病院に導いた

市立病院同士の統合では「立地」が大きな課題となる

 中東遠総合医療センターは、13年5月に、旧掛川市立総合病院と袋井市立袋井市民病院が統合合併して発足した。静岡県の掛川市、袋井市などで構成される中東遠2次医療圏で基幹病院として市民の生命と健康を守っている。

 かつては両病院ともに優れた経営実績があったが、建物の老朽化が進み、また新医師臨床研修制度のスタートによって医師不足が生じ、経営面が徐々に苦しくなっていった。そのため、06年2月に袋井市、同年8月に掛川市が、それぞれ「市立病院の今後の在り方」を考える検討会を設置。さまざまな角度から議論した結果、両検討会ともに「統合が望ましい」との結論に至ったという。

 07年に掛川・袋井両市が統合に向けた協議を始める。しかし、議論は必ずしも円滑に進んだわけではない。旧掛川市立総合病院の院長で、新病院の院長にも指名された名倉院長は、「10回以上議論を重ねたが、その大半の議題は立地だった。両市ともに『自分に近い』ところを希望し、なかなかまとまらず、一時は統合を白紙撤回しようか、というところまで行った、と聞いている」と当時を振り返る。

 首長や議会からすれば「自分のところから遠い場所に病院が移れば、市民からは病院がなくなったとの批判が出る」と考えることだろう。ちなみに、袋井市は磐田市に隣接しており、そこには大規模な500床の磐田市立総合病院がある。旧袋井市民病院から5キロメートルほどの距離にあり、旧袋井市民病院近辺での建設は、新病院の経営を最初から難しくすることを意味する。最終的には、掛川市・袋井市新病院建設協議会の正副会長裁定により、迅速性を考慮し、両市の境界に近い掛川市のゴルフ場跡地に決定した。この事実を踏まえ、名倉院長は「市立病院同士の統合では、立地が最大の課題の1つになる」と強調している。

 統合に当たっては、民間のコンサルタント会社に基本構想の策定を依頼した。しかし、診療現場の意見が反映されておらず、名倉院長が大幅な修正をしなければならなかった。

 実は名倉院長、常滑市民病院の副院長時代に建て替えの準備作業を取り仕切った経緯がある。そこで「建物を作るのは、病院の機能を作ることにほかならない」と痛感したという。各部門から入念なヒアリングを行い、意向を尊重して設計に反映させていったのだ。

 「この経験が統合に当たって非常に役立った」と名倉院長。コンサルタント会社の示した基本構想案を、各部門から出された意見を踏まえて大幅に修正。事実上、名倉院長が基本構想を策定する形になったが、かつての経験が生き、ごく短期間で策定できたという。

医療従事者にも「マネジメント能力」が求められる

 2つの病院が統合する際、人事面での苦労が多そうだ。名倉院長も「とても難しい問題だ」と述べる。

 医師については、年次や能力などに加え、2つの旧病院のバランスなど、さまざまな要素を勘案してポスト(例えば部長職)を決めていったという。名倉院長は「医師にとって臨床面の能力が最重要だが、指導的な立場になるとマネジメントの能力も必要になってくる」と指摘。ポスト検討の際には、マネジメント力も大きな要素となってこよう。

 また看護部長については、1年目は袋井市民病院の看護部長、2年目は掛川市立総合病院の看護部長という具合に1年ずつ就任し、3年目から現在の新たな看護部長が就いている。旧2病院の看護部長は、統合に当たり「後進に道を譲りたい」との考えであったが、名倉院長が時間をかけて説得し、新病院の看護部長に就いてもらったという。

 名倉院長は「看護部門では、看護記録の取り方一つをとっても病院ごとの文化がある。統合に当たっては、そうした点にも配慮しながら、業務手順や文化を、時間をかけて揃えていかなければならない」と強調した。こうした取り組みが功を奏し、ほかの合併事例では苦戦することも多い看護師確保について、中東遠総合医療センターでは成功を収めている。

 統合に伴って病院を去って行った職員もいるという。名倉院長は「残ってくれたのは、統合して一緒に頑張っていこうと考えてくれた職員だ」と述べ、志の高さゆえ、最終的には協力して新病院を盛り立ててくれていると感謝の意を強調している。

 なお、旧2病院ともに統合前はクリニカル・パスの運用をそれほど採用していなかったため、この点についての問題は生じなかった。ただし名倉院長は「パスの運用は、意識の高さの現れと言えるので、調整に当たっては大きな苦労はないのではないか」と見通す。もっとも外科など手技を伴う領域では出身大学による違いなどもあり、「最終的には一定のばらつきを容認しなければならない部分も出てくる」とも指摘している。

病床稼働率は85%、平均在院日数は9.9日

 冒頭にも述べたように、統合の成果は如実に現れている。

 入院について見てみると、患者数は、統合前から大幅に増加し、静岡県でもトップクラスとなっている。病床稼働率は14年平均で85%。平均在院日数は14年平均で9.9日と、日本の急性期病院全体の中でも上位に位置している。さらに診療単価は、14年平均で6万円弱という状況だ。

 一方、外来患者については14年平均で1300人弱。名倉院長は「外来患者が少し多い。近隣の中小病院やクリニックと機能分化・連携を進めている(15年度第1四半期の紹介率は約65%、逆紹介率は約80%)が、これをさらに進めていく必要がある」と述べる。

 経営面だけではなく、診療面でも統合による充実が図られている。14年の1か月当たりの手術件数は400件弱、このうち約半数が全身麻酔手術となっている。

 また、統合にあたり救急医療にも力を入れている。14年における1か月当たりの救急搬送件数は約500件、うち4割は入院し、全体の4分の1が重篤な患者である。この実績は静岡県下で1・2位のもので、先ごろ、救命救急センターに指定された。

 中規模の2病院が合併して500床の基幹病院となり、地域住民の生命と健康を守る「砦」の役割を見事果たしていることが分かる。

 なお、救急医療については、時間外であること、専門外の患者を診なければならないこと、この2点が救急医にとって大きな負担となっている。この点について名倉院長は「名古屋大学で救急を担当されている松田直之教授の支援もあって、救急体制を整備できている。また、当院では循環器内科や脳外科、整形外科が救急対応に積極的で、心筋梗塞、脳卒中、重症外傷へ対処できるシステムも整えることができた。これにより、救急車搬送が非常に円滑に進んでいる。循環器、脳外、整形の専門医がいるので、救急担当医の不安も和らいでいる。どうしたらよいか分からないということがないのは大きい」と述べ、戦略的かつ組織的に救急医療に取り組んでいることを強調している。現在、救急部門は、常勤医師5名と後期臨床研修医1名の体制をとっている。

「本来、医療はどうあるべきか」を考えた業務見直しを

 統合のポイントは何か。名倉院長は「病院の経営は、ある程度診療圏で決まってしまうので、『合併の合理性』があるかがカギになる。そこに統括する立場にある人間(たとえば新病院の院長)が関われるのか。関わることが可能であれば、人員や機材を適切に配置することができ、地域での新病院の立ち位置を明確にすることができる」と述べる。

 ただし「統合に限らず、スタッフが気持ちよく張り切って仕事できるようにすることが何よりも大事だ。それがあれば診療圏の多少の不利はカバーすることができる」とも付言。

 その上で、「統合に当たっては、さまざまな課題が出てくるが、考えようによっては業務見直しチャンスでもある。『本来、医療はどうあるべきか』というところから業務を見直すことが重要だ」と結んだ。

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